2008年7月号 


シアトルに住むお父さんの独り言
(「運転を気にしないで飲むには」の巻)

雨宮敏徳 日本無線(JRC)
 

笑える話 長ったらしい名前を付けたレセプションやパーティーにお誘いをいただくことがあります。英語で書かれたものは、辞書を引いても主催の趣旨がわからないものが多くあります。それなら止めておけば良いものなのに、有名なホテルや官邸での開催とあると、どうしても行かなければ気がすまなくなり、ソワソワしながら「参加する」を丸で囲んでしまいます。受付で名前を告げ、ネームプレートを胸に付けながら、知り合いがいるか周りを見渡すころになると、これは○○関係者だけの集まりで、自分には場違いだと気付くことになります。専門の話題と高尚な英語についていけませんので、人とお話しするために母親からもらった口は、グラスに注がれたものを飲むだけの作業に専念することになります。

立食だと好きなものだけ食べて退散することができますが、座席が決まっている場合には、座ってからが問題です。隣の席にあるタイトルを見ると「○○市長」と書いてあったり、誰もが知っている会社の会長さんだったりして、「あんまりお呼びじゃなかった」と緊張のあまり食事がのどを通らないことがあります。それなら静かにしていれば良いものの、自然とワイングラスだけはスムーズに上下に移動し続け何回お代わりをしても懲りないのがお父さんです。高尚な集まりの中にいるはずが、自然に目の前にグラスがあれば手を出し、「宴会に来ているんだぞ」と自分を信じ込ませてしまうのは、新橋で居酒屋教育を受けてきた頃に培われた習性なのでしょうか。

こうしている間に、右脳か左脳のどちらかで高速回転の酔いヘリコプターが勢いよく旋回して参ります。日本酒は置いてないのかと、主催者側の係の人を慌てさせたり、ワインをネクタイにこぼしたり、サーブしている女性に用もないのに声をかけたり、完全に新橋のサラリーマン代表を務めるお父さんとなります。シアトルの幸せな夜となる訳です。そうやって調子に乗ったお父さんの帰りの車の運転はどうしているのかと、そろそろ皆さんも気になり出したのではないかと思います。

心配無用です。ちゃんと私用の送迎車が用意されております。ここで「愛妻の送り迎えはご立派!」とご想像の皆さん、それは見事にはずれです。そんなことはお父さんにとってドラマの中だけの話です。我が家では血を分けた子供達が、その役目を立派に果たしております。そのために免許を取らせたと言っても過言でもありません。その役目は今では次女からその下の長男へと受け継がれました。ただし、息子の守備範囲はまだ自宅近辺に限られており、遠距離にあるレストランでの食事会へは足が遠きます。

私は「飲んだら乗らない」を徹底しているからです。こう言い切ると、「あれー? 先週も赤い顔をして何杯もお代わりをしていたのは、送り迎えがあったの?」との疑問も出てくるでしょう。お答えしましょう。だらしのないお父さんをここまで心置きなく飲めるように支えてくれるシアトルでの最終兵器、家族より頼りになりわざわざ自宅まで送ってくれるお父さんの大切な友人達がここで登場します。過去をたどると、哲也オジサン、忠文オジサン、恒人オジサン達はシアトル駐在中にその犠牲者となりました。今は、雅之オジサン、隆オジサン、侃オジサンに引き継がれ、先週もお世話になりました。2年前に転勤が決まった哲也オジサンの新任者への引継ぎ書に「○○会社の酒飲みお父さんには、送り迎えが必要。覚悟の上」との一行が書き加えてあったとは、後任の雅之オジサンから聞かされた話です。「インドネシアの駐在時には運転手付きだったのに、シアトルへ駐在したら……」とは某事務所内での逸話です。

そうまでして、お酒を飲みたいのなら「家で飲めばいいじゃないか」と言う諸兄もいらっしゃるでしょうが、悲しいことに晩酌に付き合ってくれる同僚が家にはいません。さらに家で飲むとビール小瓶1本で、ソファーで「おやすみなさい」となってしまうのです。外で飲むと友人との会話が弾み、「生きていて良かった!」の境地になれるのです。この単純な行いこそがお父さんの明日を生きる活力となるのです。

3年前に日本へ戻った次女が「わたしは、お父さんの運転手になるために生まれてきたんじゃなぁーい!」とよくこぼしておりました。無理もありません。ましてや、お父さんを支えてくれる旦那様達は、そのために駐在している訳では決してないことは重々承知しております。シアトルにお住まいの奥様方、ご主人様には大変お世話になっております。この場を借りまして陳謝申し上げますと同時に感謝申し上げます。ご主人は「家族のことより他人のことを思いやる」立派なお方です。「ご主人あっての私のシアトル生活でございます!」。いや待てよ、まずいことを思い出した。旦那さんがご出張中なのに、その奥様に自宅まで送っていただいたこともあったっけ!

<プロフィール>
横浜に長女と次女、ベルビューに妻と長男の5人家族。
1996年10月 英国現地法人JRC(UK)でパブ通い
2001年8月 新宿本社で歌舞伎町通い
2003年4月 名前だけのシアトル支店長
2004年4月 やっと自動車運転免許取得
2005年6月 お手伝い役の次女が本帰国
2006年5月 エバーグリーン男声合唱団入会

同筆者による記事のバックナンバー:2004年10月号 | 2004年12月号 | 2005年1月号 | 2005年3月号| 2005年5月号 | 2005年7月号 | 2005年9月号 | 2005年11月号| 2006年1月号| 2006年3月号 | 2006年5月号| 2006年7月号| 2006年9月号| 2006年11月号| 2007年1月号| 2007年3月号| 2007年5月号| 2007年7月号| 2007年9月号| 2007年11月号| 2008年1月号| 2008年3月号| 2008年5月号



Japan Business Association of Seattle (Shunju Club)
1325 4th Ave., #1930, Seattle, WA 98101
TEL:206-624-9077 FAX:206-340-1691 E-mail:shunju@jbaseattle.org
Copyright ©2008. Japan Business Association of Seattle. All rights reserved.
サイトの内容、写真およびイラストの複製、無断転用を禁じます。