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新橋のはずれなのに、ママさんから渡された名刺には、『あなたのお店 銀座クラブ○○○』と書いてあった。それを覚えていたということは、そこまでは少しは正気だったということであろう。そのうち1軒目で飲んだ冷酒が効いてきたようだ。接待専門のご担当者が隣に座るとお父さんの顔はゆがみっぱなしとなった。「ピンクがとっても似合うね」と鼻の下も伸びっぱなしとなり、日本出張中のたったひと晩だけで、お父さん自身も忘れていた習性に簡単に火がついてしまった。しまいには「かわいいね」などが口から出てきて、終電の時間も気にしない昔の新橋時代にお戻りだ。シアトルへ戻っても、○○ちゃんはかわいかったなと思い出すほど節度のないお父さんであった。
ところが、そんな化粧をしたり美しく装ったりという見た目のきれいさより、忘れかけていた「内面から出る聡明な美しさへの憧れ」を思い起こさせる出来事がこのシアトルであった。既に遠ざかった青春の思い出と交差して、それはお父さんの新橋の基本路線を見事に覆した。
ワシントン大学の大学院生と紹介されたのは1年前だった。時折遠くを見つめるような仕草が素敵で、化粧もしない素顔と、話しただけでわかる情熱を含んだ静かな強さが印象的だった。4月にシアトルにある教会のバザー会場に出かける機会があった。丁度昼時にさしかかったので8人掛けのテーブルで教会特製のスキヤキを注文していると、斜め前の空いた席に彼女が座った。「朝から何も食べていないの。本当においしい」と飾り気なく隣の友人に話しかけていた。ジーンズにTシャツで、素顔のまま、それがまた彼女の飾らない、自然なかわいらしさを引き立たせていた。
すがすがしい6月を迎えたころ、シアトルの新鋭音楽家による演奏会の案内状が送られてきた。ファーストヒルにあるタウンホールで開催されるバイオリン、チェロ、フルートとピアノの演奏会だ。そこには、彼女の名前と『ショパンのアンダンテスピアナートと華麗なるポロネーズ Op.22』の曲名があった。「久しぶりのピアノ独奏をします」と話していたことを思い出しながら、早速7月8日の日曜日のカレンダーの空欄に「7時から」と書き入れた。
早めに会場に着くと、前から3列目の席が確保できた。前日の土曜日は友人宅で深夜まで飲みすぎたので、「眠ってはいけない、眠っては……」と3回唱えて臨んだはずなのに、気が付いたら幕間の休憩時間が過ぎていた。ステージと座席は非常に近い距離だから、不謹慎なアジア系の中年オジサンが熟睡していた様子は、どの出演者にもわかったはずだ。余計な心配をよそに、ステージではチェロの演奏が行われていた。「まさか彼女の演奏中も!」とパンフレットを見ると、幸運にも彼女の出番はその次だった。
大人を感じさせる黒のロングドレスで彼女が登場した。特別に緊張している様子もない。観客のひとりに過ぎないお父さんのほうが、変な緊張をしたのを覚えている。ピアノの前に座ると、しばらく一点を見つめてから、最初の鍵盤に指が動いた。今まで何回となくピアノの演奏会には足を運んだほうだが、所詮素人だから良さがわからない。それでも機械的に鍵盤に触れる演奏ではなく、演奏者の気持ちが伝わり、衝撃が走るほどの深い幸福感に包まれたのは今回が初めてだった。
自分は音楽の専門家でもなんでもないから、「すごい!」という表現しか浮かんでこないが、彼女のピアノ演奏から伝わってくるのは、弾いているショパンの作品ではなく、演奏が感情の一部となって表現された「美しさ」そのものだった。それは、彼女自身も気付いていないだろう内に秘められた清楚で上品な「美しさ」だった。顔の手入れに時間をかけたり、ブランド物しか身に着けなかったり、外見上の美しさにこだわるのと全く正反対のように、外からは見えなくても、これこそが本物の輝きだ。
内面から湧き出されていた感情そのものが表現され、これ以上の美しさはないと思うほどの気品に満ちたピアノ演奏であった。それは、息を呑むばかりの至純な美しさだ。目を閉じると、本物の輝きをもってピアノに向き合う彼女の姿が、温かく心に響いてくる音色に変わっていた。
その日は演奏が終わるとすぐ会場を後にした。「美しい」と感じた幸福感に慕いながらクルマを走らせたかったからだ。西日を背にしてフリーウェイをマーサーアイランド方向へ走った。徐々に日が暮れてくる様子に余計に感傷的になってくる。今となっては、もう遠い昔の愛しい、美しさに対する「切ない気持ち」はその時に最高潮に達していた。
極上の酔いしれるような濃厚な時間を過ごしたと、はしゃぎながら少年のように女房に話をした。「既に数十年も前に、素敵な内面美人と出会えたことをお忘れ? 髪に白いものが交じるようになって、真の美しさに今頃気付くとは!」と前置きがあり、「あの日から、あなたが無駄に過ごしてきた年月と、新橋、銀座、歌舞伎町で浪費したお金を神様返してください」と続けられた。さらに「愛とか恋とか必要ない世界で、外面美人ご専門で満喫し続けていたとは!」と仰せになるなり、「身近にいる妻とふたりの娘が、目が飛び出るほどのお金をかけて外面の美しさを磨いてお相手いたします」ときりかえされた。
心の中をさわやかに吹き抜けていた「美しい」風がそこでピタッと止まった。
| <プロフィール>
横浜に長女と次女、ベルビューに妻と長男の5人家族。
1996年10月 英国現地法人JRC(UK)でパブ通い
2001年8月 新宿本社で歌舞伎町通い
2003年4月 名前だけのシアトル支店長
2004年4月 やっと自動車運転免許取得
2005年6月 お手伝い役の次女が本帰国
2006年5月 エバーグリーン男声合唱団入会
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