|
出張の際は空港近くの駐車場に車を止めて、そこから空港までの専用バスを利用しておりましたが、現在は自宅から空港までのタクシーの利用に変えております。場所によっては駐車場内での盗難など安全の危機管理も必要とのお勧めがあったのと、リムジン会社が特別レートを出してきたのが理由です。
昨年の秋のことです。1週間の出張から戻って、到着ロビーから出張前に予約した車が待つ20番出口へ向かいました。いつもは、迎えの車でいっぱいとなる出口付近の雰囲気が少し違います。そこには映画でしか見たことがないハリウッド豪華版のリムジンがたった1台で出口付近を独り占めしておりました。一目見ただけで重要なVIPの送迎だとわかります。駐在中にこんなリムジンに乗ってみたいものだと考えながら、こちらは時間もあるし、どんな人間が乗り込むのか確かめてやろうと荷物の上に腰掛けて見物人その1となりました。
しばらくしてドアが開いて運転手が出て来ました。邪魔になるから、そこをどけと言うのだろうと、気持ち分横に荷物を動かし掛けた時に、よく見ると顔見知りの運転手のデビッドです。「Hi! Toshi」と私に声を掛けて来ました。俺はここで家までの車を待っているんだと説明すると、デビッドは、「だから迎えに来たんだ!」とのこと。「ありがとう、俺の荷物はこれだけだ」とこちらも冗談を言い返しました。
ところが、そこでなにを思ったのかデビットは私の荷物に手を掛けて、そのリムジンのトランクの中に収めてしまいました。冗談がきつい。みんなが見ているじゃないか! 本当のお客がきたらどうするんだ? すると今度は、リムジンのドアを開けて中に入れのしぐさをしてきました。ここで状況が少し違うと気が付いたお父さん。おいおいちょっと待て、「俺が頼んだのは、いつもの一番安い乗用車だ!」と慌てて静止しました。するとデビットは笑いながら、「Toshi、悪いが全部の車が出払っていて、送迎できる車はこれしかなかった。料金は通常通りでよいから乗ってくれ」とのこと!
そうならそうと、早く言ってくれればと思いながら、すかさずよそ行きの顔をして、今度はあたかもいつものリムジンが来ているかという雰囲気を出しながら車の中に入りました。「余計なことを言って気が変わらないうちに」と別の声が聞こえたのも事実です。
わぁー、室内はトンネルみたいだ。「Toshi、ベルビューだよな?」と聞かれてもデビッドの運転席は遠過ぎる。室内を歩いて近くに行って「Yes」と返事をしました。どこに座ってよいものか、中年のお父さんが、いくつもある座席を変えて室内をぐるぐると回る様をご想像ください。そのうち冷蔵庫を開けてみたり、テレビや、オーディオのスイッチを恐る恐る触ってみたり、映画では必ず素敵な女性が複数で横に座っているなどと、余計なことまで考えたり、お父さんができる範囲の精一杯の想像をして夢と鼻の穴を膨らませました。
高速で伴走する周りの車を見ますと、どのドライバーもこちらを見ております。我が家族5人が横になってもまだ座席が埋まらない車2台分のリムジンにお父さんがひとり。外からは見えないとわかっておりますが、お父さんは中からはしゃいで手を振りました。車中から家に電話しました。「今リムジンだ!」「着いたのね」「いつもと違う映画のリムジンでご主人様がお帰りだぁー! 子供はいるか? それとカメラ、ビデオ全部用意してくれ!」
いつもは30分掛かる距離も、5分も掛からなかったかのように家の近くまで来てしまいました。デビッドは最後の左折にかかっています。車体が長過ぎてハンドルの切り替えしを数回しての左折です。家が見えました。娘、息子がビデオ、カメラ片手に出て来る、出て来る。近所の人にも晴れ姿をと、ゆっくりと当たり前の顔をして車から降り出すお父さん。待ち受けた報道陣(息子、娘)もそのシャッターチャンスを逃しません。
子供達には、中に入っていいとのデビッドによるサービスまでありました。そうして、再び切り返しをしてやっとリムジンが帰って行きました。お父さんは、余韻が残る家の前で、子供達に威厳を持って言うべきところで一言。「今のちゃんと撮れた?」
|
<プロフィール>
横浜に長女と次女、ベルビューに妻と長男の5人家族。
1996年10月 英国現地法人JRC(UK)でパブ通い
2001年8月 新宿本社で歌舞伎町通い
2003年4月 名前だけのシアトル支店長
2004年4月 やっと自動車運転免許取得
2005年6月 お手伝い役の次女が本帰国 |
|
同筆者による記事のバックナンバー:2004年10月号 | 2004年12月号 | 2005年1月号 | 2005年3月号| 2005年5月号 | 2005年7月号 | 2005年9月号 |