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2006年9月号 


シアトルに住むお父さんの独り言 
(まぬけな親子の巻)

雨宮敏徳 日本無線(JRC)
 

親子の因果として諦めるにはあまりにも悲しく、そして切ない。それは、お酒が入った「お父さん話」を毎回聞かされる子供たちのことです。そんなお父さんにお付き合いいただくお他人様のオジサンたちはどうでしょう。これこそ勇気百倍でなく、迷惑千倍と相成ります。それでも、「息子の所属するチームはワシントン州のプレミアムリーグなのです」と始まるサッカーの話だけは、毎週借りてくるビデオのドラマ物のように、少しずつ話の進展があります。

息子のチームは地区予選を順調に勝ち進み、ステイトカップへの出場資格を得た途端に負け知らず。シアトルセンター内のメモリアムスタジアムで決勝まで残ったのです。そして2006年3月12日の日曜日に、ワシントン州のU14のチームチャンピオンになりました。それからというもの、お父さんのグラス片手の自慢話は「今から8年後のワールドカップの日本代表だ!」とまで飛躍し、真向かいと隣に座るオジサンたちに唾を飛ばしながらの身振り、手振りのひとり熱演会となっているのでございます。

実直で家庭を大切にする理想の父親を持つ素晴らしい家庭に生まれたのが我が息子です。何事にも一途なお父さんは、惜しみなく娘ふたりのために財産をつぎ込んできました。息子は、英国でアーセナルの傘下のローカル末端サッカーチームに5歳から入会させました。と、ここまでは順調な英才教育の事始でありましたが、実は長男が生まれると、お父さんは人生の集大成として新橋のネオン街へのご奉仕を始めてしまいました。末っ子の息子にも与えるべきだった財産は新橋を皮切りに、ロンドン、歌舞伎町とネオン街修行で使い果たしてしまったのでございます。姉妹が着たピンク系統のパジャマを息子が小学生の高学年まで愛用したのは、こうした理由があったのです。水泳、空手、ピアノ、バイオリンの習い事は次々に止め、最後に残ったのがサッカーとなりました。家計が苦しい中、母親は新品のサッカーシューズを与え続け、サッカーだけは続けさせました。なぜでしょう。嫡男のサッカーでの成功にお家再興の望みをかけていたからでございます。酒飲みでだらしのない亭主で終わる父親のようには、絶対にしないと言う母親の切なる願いでございます。

土曜日の補習学校の授業日にサッカーの公式試合が重なることが多く、毎年の新学期のクラスの集合写真では、右上に切なそうな顔をしてひとり枠で写っているのが我が息子です。学校の出席を最優先にしても、公式試合で活躍しないと次の試合での先発メンバーにも選ばれません。1日に2試合がある場合には、試合の合間を利用して学校へ車を走らせ、可能な限り授業を受け、次の試合会場へと向かいます。昼食は当然車の中で済ませることになります。父親は子役タレントの運転手兼マネージャーと化し、今やこの金の卵にかける気持ちは、イチローや松井のお父さんにも引けを取りません。

その日の土曜日は、3時半からタコマの近くで試合が予定されており、4時限目が終わったら学校を下校する早退届けが事前に出されておりました。その時間に合わせお父さんは学校へ向かったのです。あと数分で学校に着く交差点近くで携帯が鳴りました。「保健室ですが、Tai君が転んでこちらで休んでおります」「今、学校へ行く途中ですが、どこか怪我をしたのですか?」「転んだ際に左手をかなり強く打ったようです」「すると、足は問題ないのですね?」「え? はい」

養護の先生のところに行きますと、痛そうな顔をして左手を冷やしている息子がおりました。授業が始まるチャイムの音にびっくりして、芝生で足を滑らして転んだらしい。先生にお礼を述べて、早速息子に具合を聞きました。「どうだ?」すると耳元へ小声で「大丈夫、ボールは蹴れる……」「そうか!」。早速、教室に残したカバンを息子に取りに行かせました。「これからお医者さんに行って早速レントゲンを撮るのですね? お大事に」と養護の先生。「いや、これからサッカーの試合です」とは無責任なお父さんの返答。

試合会場に向かう車の中。「試合中の怪我ならともかく、学校で怪我とは精神がたるんでおる!」「何でもいいけど左手が痛くてソックスが履けない」。隣を見れば、車内でのユニフォームへの着替えが本当に辛そうな様子。「試合はどうする?」「車に乗った後で、どうするかって言われても……」。そこで少し弱気になったのか我が息子、「コーチにはこの手のことは内緒にするのかな?」と独り言のようにつぶやいた。

試合が始まりました。何もなかったように、息子が走っております。ゴールは決められませんでしたが、いつも以上に活躍しました。前半終了のホイッスルが鳴り終わった途端、チームメイトが息子を取り囲んでいます。活躍した息子を皆で絶賛しているのでしょう。だから無理やりでも参加させた意義があったのだと自己満足をしましたが、何か少し様子が違います。コーチが大声でチームメイトのお父さんで外科医のビンを呼んでいるではありませんか。

後でわかった話。試合中も左手が痛かったが、なんとかプレイを続けた。しかし、相手のディフェンスの猛烈なプッシュはいつも左手に集中したとのこと。前半終了まではチームにも迷惑がかかると精一杯の我慢をしたそうな。慌てて医者に連れて行ってレントゲンを撮ったら、ひびが入って骨も少し曲がっているようなことも言われてしまった。最低1ヵ月間は、運動はしてはいけないとのこと。

その次の土曜日には、チームの応援目的だけの息子を乗せながらヤキマよりまだ遠い試合会場へ向かいました。ユニフォームは着ても左手はギブスの息子さん。音楽もかけずに下を向いたまま、お通夜状態で助手席に座っています。運転中に息子にかけてあげる言葉もありませんでした。さすがのお父さんも反省をしました。息子が間違えてはずしたピストルの安全装置、それなのにそれを元に戻さずに父親はその引金を引いたに等しい行いをしてしまったのです。母親もあきれて怒るに怒れない「武運つたない、まぬけな親父と息子の巻」でした。

<プロフィール>

横浜に長女と次女、ベルビューに妻と長男の5人家族。
1996年10月 英国現地法人JRC(UK)でパブ通い
2001年8月 新宿本社で歌舞伎町通い
2003年4月 名前だけのシアトル支店長
2004年4月 やっと自動車運転免許取得
2005年6月 お手伝い役の次女が本帰国
2006年5月 エバーグリーン中年合唱団入会

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