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2006年7月号 


シアトルに住むお父さんの独り言 
(アメリカへようこその巻)

雨宮敏徳 日本無線(JRC)
 

中学生の息子とふたりでカナダのバンクーバーに着いたのは日曜の夕刻でした。その晩は息子より先に寝てしまったそうです。車の運転に疲れたのと、シアトルでは手に入らない焼酎を飲み過ぎたからでしょう。翌日はすがすがしい朝を迎えました。7時には荷物をまとめ、ホテルをチェックアウトしてビザ更新のためにアメリカ大使館の下にある駐車場に車を入れました。大使館の専用入り口には、8時前とはいえ10人以上が既に並んでおりました。

これからが、いつもの神様の気まぐれの始まりです。制服を着た係員が、「そんな大きなカバンは持って入れない」と、聞き取りにくい英語で私に向かって騒いでいます。仕方がないので中身だけを出して息子に持たせ、駐車場に走って戻りました。カバンの代わりになるスーパーの袋をポケットに入れ、元の場所まで全速力で戻りました。息を切らせながら再び列に加わると、さっきの係員のおじさんが、電話をしている女性に向かって何か怒鳴っています。ここでの携帯電話の使用はだめなのかと思っていると、「携帯電話を持っている人は中に入れない!」と係員は言っている、と息子。お父さんは、今度は携帯電話を右手に握り締めると、同じコースをまたダッシュしました。だんだん地球がおかしな回り方をしていると感じ出したのはそのころからです。

8時になりました。ひとりずつ建物の中に入って行きます。空港のセキュリティーよりもっと態度が悪い係員にも我慢して入り口を通過すると、今度は20階でまた同じチェックをされました。必要書類を見せて査証料を払い、インタビューの順番を待ちました。質問内容は前任者からのマニュアル通りに進みましたので、順調だと思った瞬間に「給与明細を見せなさい」とのこと。「え? それって何ですか……?」「明日8時に給与明細を持って出直しなさい!」と、しかめっ面の○○党の新党首みたいな顔をした面接官。「私は、ビザがなければアメリカには入国できないのでどうすれば良いのですか?」と反論すると、「今の世の中には便利な宅配便がある!」とありがたいお返事。「今日は帰れないの?」と小声でささやく息子の隣でお父さんは倒れそうになるのを必死に堪えたのでした。3月31日にビザの有効期限は切れたのに、インタビューの予約が取れたのは5月1日という怠け者の罰当たりとなったのです。

一時帰国の際にビザを延長してあった女房は、亭主より日本からの友人との再会が大事と、幸いにも家でひとり留守番をしておりました。「給与明細を明日の8時までに送って!」と、一方的に電話口で叫んでから1時間後に携帯電話が鳴りました。「一番早くてバンクーバー着は明日の朝10時半と言われたけれど、どうします?」。これを聞いた途端に、再びお父さんは倒れそうになりました。「この紋所が目に入らぬか!」の印籠は腰にはないし、魔法のランプもない。それでも何とかしないとアメリカに入国できない、というより家に帰れません。

こうなったら誰かにシアトルから運転して届けてもらうしか良い方法はありません。「バンクーバーでのお買い物!」と「イクラとウニの食べ放題!」と女房に迫っても、ハイウェイの運転はベルビューの自宅からI-405の22番出口までが過去最長記録と言われるのが落ちでしょう。もう最後の手段です。シアトル事務所の番号をダイヤルしました。「豊さん、今からバンクーバーに来られるかな?」「えー!今から?」「4月の売り上げの締めはどうするんですか?」「売り上げの締めより、こっちはアメリカから締め出された!」。仕方なく仕事を放り出して、豊さんは女房に頼まれたふたり分の着替えまで持って夜のバンクーバーに着きました。給与明細を受け取ってから、「はい、さようなら」の日帰りでは忍びないと、お父さんは頭を下げながら泊まっていくように勧めたのです。

翌朝、今度は30分前に並びました。8時になって同じく20階まで上がり、2番窓口でしばらく待たされました。受け付けてくれたご婦人は、予約の用紙を見ながら「昨日も来たのね」「この書類が不備だと?」と、ひとり言のようにブツブツ言いながら奥に消えました。今日はやさしそうなご婦人だから大丈夫かなと思っていたら、30分後に呼ばれたのは、昨日のしかめっ面の担当者の窓口でした。「何が足りなかったのかな?」「給与明細です(バカやろうー、覚えてろ!)」。うやうやしくこの世にひとつしかない貴重な給与明細を見せました。すると、一瞥しただけで「パスポートは明日3時」と、事務的に引き換え券を渡してきました。

「今、出掛けるから後にして!」と、今にも電話を切りそうな女房をどうにか引き止めながら説明した労力と、豊さんのガソリン代&宿泊代&日当。それに我々親子の余計な滞在費まで払ったのだ。「控えおろう。この給料明細さまが目に入らぬか!」が、たったの一瞥で終わりとはなんだぁー! さらには息子の学校を月、火、水曜と休ませるおまけ付き。ホテルだって再度取り直しだ。朝方チェックアウトをしたばかりのホテルのフロントで、追い討ちをかけるように「今晩はどの部屋もいっぱいです!」と言われた折には、お父さんは心房から心室への刺激の伝道時間が体内で狂い出し、最後にはその場に倒れこむ昼間のメロドラマの女優のようになってしまったのです。

息子の「お腹がすいたー!」のひと言で我に返りました。どうせ焦っても今晩も泊まることに変わりはなしと、気持ちを切り替え、旅行ガイドに出ているラーメン屋さんを探したのです。チーズ入りのこってり味噌ラーメンが実においしかった。明日の昼にもう一度来てみようかなと、ひとりご満悦のお父さんを、携帯電話の呼び出し音が不意打ちをしました。

「大使館のFです。I-797の書類を持って、今から来られますか?」「え?」。必要な書類はすべて提出したじゃないか。まだ足りない書類があるのか。「就労資格の確認を怠ったシアトル駐在員の大失態」「カナダから日本へ強制送還」など新聞の見出しまがいのタイトルばっかりが頭の中に次から次と出てきました。下手な口答えはできません。「15分以内に参ります」と、丁寧に返事をしました。

息子は1階に残し、また20階へ上がって行きました。受付へ行くと電話を掛けてきたFさんは、今朝ほど書類を受け付けたご婦人だとわかりました。要求された書類を受け取ると、彼女は奥に引っ込んでしまいました。しばらくして、息子と私のパスポートを両手で持って少しはにかみながら窓口に現れました。2冊のパスポートが見開きで重ねられています。そして、よく見るとそこには新しいビザスタンプが貼られているではありませんか。彼女は、弱り果てた顔をしていた東洋から来た親子をふびんに思い、ビザを特別に発行するために理由を付けてお父さんを呼び出したのです。こうした時に何と言って感謝を表していいのかわかりません。誰からも教わったこともないのに、お父さんの口は勝手にこう開きました。「I love you!」するとFさんは、これ以上ないほどのたれ目になりました。これを確かめるや否や、お父さんは下で待つ息子の元に一目散の「走れメロス」となったのです。

今からだと暗くならないうちにシアトルに戻れます。諦めていた6時半からの飲み会にも参加できますし、息子もサッカーの練習をサボらないで済みます。国境が見えてきました。焼きたてのピザでなくて、できたてのビザで入国です。「今から帰る!」と家に慌てて電話しました。「今、国境だぁー! 聞いてるか?」、そして受話器の向こうからは、「アメリカへようこそ!」

<プロフィール>

横浜に長女と次女、ベルビューに妻と長男の5人家族。
1996年10月 英国現地法人JRC(UK)でパブ通い
2001年8月 新宿本社で歌舞伎町通い
2003年4月 名前だけのシアトル支店長
2004年4月 やっと自動車運転免許取得
2005年6月 お手伝い役の次女が本帰国
2006年5月 エバーグリーン中年合唱団入会

同筆者による記事のバックナンバー:2004年10月号 | 2004年12月号 | 2005年1月号 | 2005年3月号| 2005年5月号 | 2005年7月号 | 2005年9月号 | 2005年11月号| 2006年1月号| 2006年3月号 | 2006年5月号



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