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窓のない事務所で新年度の販売計画の作成に没頭していて、気が付くと時計は8時を回っていた。スタッフは全員帰ったようだ。電気を消しながら、戸締まりを確認し窓越しに外を見ると、すごい吹雪だった。そういえば、3時ごろ郵便物を持ってきたクラウディアが「今晩は大雪になるから、早く帰ったほうが良い」と言っていたのを思い出した。適当に返事をして、気にもせずにいたのが悔やまれる。4輪駆動でもないし、スノータイヤでもなく無事に帰れるのかと、不安がよぎった。因果報復だろう、家に着いたのは明け方となった。
そのクラウディアが「今日は嵐が来るから早く帰る」と言ってきたのは、その数週間後であった。今夜は、ダウンタウンで飲み会があるからなどと、またもや彼女の言葉を気にしていなかったのが、女房の口癖の学習能力がない旦那と言われる所以。飲み会が終わって9時は過ぎていただろう。I-90でマーサーアイランドを過ぎて、イサクア方向を見るといつもと違った景色というより、前方はすべて真っ暗だった。渋滞で進まない高速出口を1時間もかけて一般道に出ると停電で信号機も働かず、交差点では譲り合い通行が行われていた。辛抱、辛抱と自宅へ向かう坂の入り口付近に差し掛かった時には、どの車も道路に張り付いたように微動だにしなくなった。CDの全曲が終わって最初に戻った辺りで車が少しずつ進み状況がわかった。そこには道をふさぐ大木が横たわっていたのだ。
こんなことが数週間のうちにあって良いのか、年男でもないのに。真っ暗な家に着くと停電でガレージも開かないし、玄関の呼び鈴まで使えない。ノックを繰り返すと明かりが揺れながら近づいてきた。手にはロウソクを持ち、毛布に包まれた息子が、玄関を開けてくれた。寂しそうな声で「寒いし、おなかすいたぁ!」。停電だから何も料理する手立てはないのだ。夏に片付け忘れたバーベキューセットは、庭の隅に置かれているが、とてもこの寒さの中で火を起こす元気もなかった。
最後は、年明けの雪。昼間から始まった新年会に出席し、その後事務所に戻って提出期限が迫った月報を手直ししていると、また雪が降り始めたのだ。慌てて家路に急いだが、I-90に乗るまで1時間。そこから2時間掛けてやっとマーサーアイランドを過ぎると、乗り捨てられた車が多いこと。滑らないようにゆっくり運転は……もう説明する気力もない。
皆さんも同じような魔の体験をなさっただろうと思います。街の声を拾ってみました。
<嵐の中I-405を北上したお父さん>
夕方4時の東京からの電話は、いつものガミガミ専務。ため息をつきながら電話を切ったが、ため息だけで終わったほうがもっとましだった。その日、依頼された資料を再度メールしてからの遅い帰宅に、嵐の渋滞が追い討ちとなった。渋滞中にガス欠寸前となったが、開いているスタンドはどこにもなかった。エンストしたら買ったばかりの新車も乗り捨てと覚悟を決めていた。家に着いたのは朝方5時で、次の日は会社へ行く元気がなかった。
<雪体験の自称25歳前の独身女性>
通話が多過ぎて一時携帯電話が使えなくなって、どこの出口で降りたら良いか誰にも相談ができなかった。周りは、車を乗り捨てて歩く人ばかり。家に着くまでまだ5マイルもあるのに、トイレに行きたくなって、「もうこれで、お嫁に行けない!」と車の中で涙した。
<四輪駆動、スノータイヤで万全のご近所の主婦>
4輪駆動とスノータイヤを過信し過ぎて、坂道の途中で車が勢い余って横転した。さすがにボルボ。車は何も傷なしだった。
<商談は成功したのにと、優秀な営業駐在員>
大切な日本からの顧客に予約したホテルまで停電となってしまった。翌朝お迎えに行くと、ホテル中が真っ暗で、暖房も利かないのに正規料金を取られたとお小言まで頂戴した。
<チェーンの付け方で大喧嘩のご夫婦>
日本には簡易型の取り付け容易なチェーンがあるが、アメリカのチェーンの装備はちょっと工夫が必要。前任者が残したチェーンと夫婦で格闘すること2時間。ついにそのチェーンが日の目を見ることはなかった。
<孤独な支店長>
外でしんしんと降る雪には気付かなかった。ただ、いつにもなく事務所全体がいやに静かだと感じた。俺に声を掛けて帰る親切で頼りになるスタッフはいないのか!
<ロウソクをつけて怒られたお父さん>
真っ暗の中、携帯電話の光を頼りにロウソクを探したのにない。4歳の娘の部屋に入って、クリスマスにサンタさんから娘がもらったミッキーマウスのロウソクにやむなく火をつけた。
<7日間停電でマイッタ主婦>
主人が日本へ出張中なのに、この悔しさをぶつける電話も不通だった。お友達の家を
5軒泊まり歩いた。最後の5軒目へ行く途中、自宅を通り掛かると外灯がついていて電気がついたとわかったが、今さらお断りもできないと、そこでも夕飯とシャワーを頂戴した。
<ご主人のひと言で傷ついた奥様>
「電気は、ついてるじゃないか」。このひと言でこの奥様は逆切れをした。停電が終わり3日ぶりにシャワーが浴びることができたその日に、のこのこと出張から帰って来たご主人の第一声だった。
<高速の入り口であきらめたお父さん>
いつものようにI-90の入り口に向かうと、雪によるすごい渋滞だった。夏にあった事故車の撤去作業に時間が掛かった魔の渋滞を思い出し、渋滞を避けてダウンタウンの居酒屋へ。 そこには、同じ状況判断をしたお父さんのお友達もいました。「事故じゃないから時間をずらしても、渋滞は変わらないでしょう」「この雪では家に着くのに最低4時間。私はこの店から明日出勤と覚悟を決めましたよ」。このひと言で、お父さんは、渋滞を覚悟で、もう1度車のキーを回したのだった。
神様はこのシアトルに何ゆえ罰をお与えくだされたのか。
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<プロフィール>
横浜に長女と次女、ベルビューに妻と長男の5人家族。
1996年10月 英国現地法人JRC(UK)でパブ通い
2001年8月 新宿本社で歌舞伎町通い
2003年4月 名前だけのシアトル支店長
2004年4月 やっと自動車運転免許取得
2005年6月 お手伝い役の次女が本帰国
2006年5月 エバーグリーン男声合唱団入会 |
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