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歌舞伎町でも、新橋でも、川崎の場末でも、「得体の知れない、なんとなく怪しげな」という店があります。店の看板や、入り口の雰囲気からして、いかにも怪しげで、店の中で何が行われているのか想像しにくい店のことです。シアトルに来たお父さんにとっては、実はスパの店がその「得体の知れない怪しげな店」となっておりました。健康ランド、サウナ、韓国アカスリと看板が出ていれば納得できます。ところがスパとか、何とかエステと言われると、ホテルの宣伝にある金髪の女性がうつぶせで横たわる怪しげなイメージだけが先行してしまうお父さんにとって、未踏の奥地化、勝手にサラセン帝国となっていたのです。
お父さんが行くべきところでないことだけはパンフレットだけを見てもわかります。リゾート地のホテルに泊まっても、スパのある階は通り過ぎるし、モールの一角にもあるスパの店先に立ち止まっても、店内の様子を窺う行為そのものが、いかがわしいことをしていると勝手に思い込むお父さん。これでは単独でのスパ行きは当然無理な話です。場末のキャバレーなら、酔った勢いで友達の哲也オジサンと入れるが、スパはどうしても勝手が違う。そこには不可侵条約があるかのように、危険を避け、通り過ぎるだけで終わる、赤い糸では決して結ばれないものとなります。娘の部屋に入れないことと同じ次元かもしれません。
そんな折、ある日娘とその母親がすがすがしい顔をして夕方遅くに帰ってきました。ベルビューにあるスパでマッサージをしてもらったそうです。ロシア出身のローラは、少し痛いけど筋肉がほぐれて、その日は熟睡だったそうです。店内の様子、お客さんの様子、マッサージの内容をお父さんは根堀り葉堀り問いただしました。余りにもしつこく聞いたのでしょう、夕食の終わり頃になると「お父さんも一緒に行く?」と娘。
おふたり様が予約した日が、高知県と同じ名前のバッグの割引セール日とも重なりました。お父さんはその予約時間を譲ってもらい、娘と愛妻のご用達スパへ行くことになりました。地図の入ったベルビューの店のパンフレットを握り締め、変な期待感と不安感が入り混じった心境でした。念願のスパの入り口に立ちました。長い黒髪の東洋系の女性が受付で待ち受けておりました。女房の名前を告げると予約が確認され、新規の受付カードとカルテみたいな用紙に記入するように言われました。どうしてかわかりませんが、なぜか心臓がその時点でドキドキしておりました。そこへ、今度は細めのラテン系のお嬢さんが現れ、ロッカー室に案内されました。
「このロッカーを使って着替えが終わったら声を掛けてください」と、甘い声をお父さんに掛け、ドアを閉めて出て行きました。そこでお父さんは高ぶった気持ちを静めます。そして鼻歌交じりで衣類を脱ぎ始めました。それなのに、なぜかその手が途中で止まりました。上にバスローブみたいなのを着たあと、パンツは脱ぐのか、脱がないのか? 愚妻も娘も何も言っていなかったが、どうしたのか。慌てて携帯で電話するも、そこだけアンテナが出ていない。どうしよう。思い切って、脱いでバスローブだけで出ようとドアノブに手をかけ途中でやめました。
マッサージ室に入った途端、バスローブの下に何も付けていない変な東洋人を見て、店中に響く「キャー!」が出たらどうしよう。またロッカーからパンツを取り出したお父さん。いや待て、中年の得体の知れない東洋系がなんと常識もなくパンツを履いたまま来たと思われてもと、もう一度脱いだ。こうして、ひとりロッカー室で脱いだり、また履いたりのお父さん。それから30分は優に過ぎていたのでしょう。余り待たせてもと、お父さんは覚悟を決めてロッカー室を出て行きました。これこそが、語られることのなかったスパでの真実。やはりスパは、「得体の知れない怪しげな店」なのだ。
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<プロフィール>
横浜に長女と次女、ベルビューに妻と長男の5人家族。
1996年10月 英国現地法人JRC(UK)でパブ通い
2001年8月 新宿本社で歌舞伎町通い
2003年4月 名前だけのシアトル支店長
2004年4月 やっと自動車運転免許取得
2005年6月 お手伝い役の次女が本帰国 |
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